第5期叡王戦 四段予選・決勝 見届け人を務めました

将棋会館へ

叡王戦クラウドファンディングを申し込んでから4か月半。
いよいよ出番がやってきました。

2019年9月の最後の週。
この週は多くの将棋ファンが記憶するであろう出来事が多く発生した。
9/23 叡王戦七段予選 藤井七段を下した村山七段が敗退する
9/24 豊島名人が銀河となる・伊藤沙恵女流三段が倉敷藤花への挑戦を決める
9/26 木村九段が豊島王位を下し悲願の初タイトル
私も新王位の誕生に興奮しすぎて叡王戦四段予選があることを一瞬忘れかけた。

さて、当日。
どうしようかと考えて、横浜から車で千駄ヶ谷まで移動した。
日を跨がなければ終電で帰れるが、将棋は何があるか分からない。
見届けるのが見届け人の仕事だから、どんなことがあっても最後まで見届けなければならない。

午前中は家で第1局を見て、それから移動。15時前に将棋会館に到着。
ドワンゴの担当者に連絡をして、早速、5F の控室に。

「今日は終電とか大丈夫ですか?」
「車で来たんで千日手ウェルカムです。ウェーイ。」

「ねこまどさんですよね?」
(本業の名刺を渡しながら)「いえ、ねこまどは趣味で。北尾まどかの奴隷みたいなもんです。」
「ああぁ(憐みの声で)。でも、北尾先生には台湾の時に大変お世話になりました。まさか振り駒に北尾先生が来たらどうしようと話してたんですよ。」
「じゃあ、次はそうしましょうか?(笑)」

実は本戦の見届け人にも「ねこまど将棋チャンネル」で一口申し込んでいる。なので、既に私がねこまど一味であることはバレているのである。

そんな雑談をしつつ、しばし、ニコ生のネット中継を観戦する。
大橋五段 vs 斎藤四段
結果は既報の通り、大橋五段の勝ち。冷静な指しまわしで緩むことなく勝ち切った。

控室

私が対局室近くの控室でネット中継を見ている間、両対局者が何度か離席する。
控室にいるとドアを開け廊下を歩く音が聞こえる。
そのぐらいの距離感だ。

控室は広くはないが、端末が置かれておりニコニコ動画を見て過ごすだけなら十分だ。

ニコニコ将棋チャンネル関連の荷物も置かれており、勝手ながら拝見させていただく。

第2回将棋電王戦 プエラアルファ(第4局 vs 塚田九段)が入っていると思われる端末を見つけて思い出に浸る。

第1期 山崎叡王が PONANZA と対局した時の封じ手も置かれていた。
山崎ファンなら飛びつくだろう代物だ。

挨拶

対局の合間に解説 佐藤秀司七段、聞き手 貞升南女流初段に挨拶をする。
「お二人の指導対局を受けたことがあります」と伝えると、二人ともドキッとした顔をする。
こちかららすると1回だけ指導対局を受けただけなので覚えられているはずがないと思っているのだが、棋士からすると1回でも指導対局をしたら覚えなければならないと考えているんだろうか?
でも、この反応を見るのは少々面白い。
(その時の棋譜は残していないが、対局内容はある程度覚えており、佐藤七段には完封され何もさせてもらえず、貞升女流は序盤そうそうに攻められて最後良い勝負まで持ち込んだけれど勝ちきれなかった。)

「振り駒のコツを教えてください。振った手はどのぐらい上まで上げればよいでしょうか?手を上げないで駒を放つとブーイングになるので。」
と、差し迫っている疑問について質問する。
「目線ぐらいまで上げると良いですよ」と佐藤七段が優しく教えてくださった。

あとは控室で時間が来るまで待つだけである。
ア〇マで JT 杯をやっていたので持ち込んだPCで観戦する。
やり残した仕事を少しする。
それからスマホでラグビー 日本vsアイルランドも少し見る。
そんな感じで時間をつぶす。

振り駒

18時を過ぎ、振り駒の準備に入る。
ドワンゴ担当者から一連の手順、場所、タイミングなどを聞く。
記録机から見る対局席は本当に近い。

18時41分に古森四段が入室する。
18時45分に大橋五段が入室する。

二人とも関西所属であり、既に1局勝って、この対局に臨んでいる。
次の対局までに遠出するとは考えられないから、対局者が現れないということは無い。遅刻も無いだろう。
(古森四段は対局までの空き時間について勝利者インタビューで答えている)
大橋五段は青いスーツに着替えるか?という話題も出ていたが、グレーのスーツで現れる。

記録係が「振り駒です」と発声し、私に歩を5枚渡す。
私は決められたルートで部屋の中を移動し、「大橋五段の振り歩先です」と言い、両手の中の5枚の歩をシャカシャカと振り、軽く宙に投げる。

「と金が3枚」と確認できるが、私は発声してはならない。
記録係が確認し、先手・後手を宣言しなければならないからだ。
「と金が3枚、古森四段の先手です」
両対局者がそれぞれの席に着く。

対局開始

一呼吸おいて、大橋五段が駒箱から駒を出し、王を探し出して並べ始める。
棋譜中継コメントにも書かれているが、今回は私が持参した駒(駒箱・駒袋)を使ってもらっている。
(連盟の検分後、両先生に承諾を頂いている)

将棋駒 大澤富月作 一字彫埋
駒箱 松浦清治作

マニアの方であれば、この駒にはこの駒箱しかないと分かっていただけるだろう。

参考 http://www.matuura.info/cont00.html

駒と盤がぶつかり、小気味の良い軽やかな駒音が部屋に響く。
プロ棋士の静かな闘志をそのまま音に変換してるのかと思わせてくれるような、凛とした鈴のような駒音だ。

大橋五段は古森四段が置いた駒に対して2回頷く。全ての駒に対して同じように2回頷いて、自分の駒を置く。その目は充実感が満ち溢れている。
古森四段の駒音からも自信のようなものが感じられる。午前中の対局で大逆転勝利したのも大きいだろう。

両者から殺気は感じない。
己と対峙しながら無の状態で集中力を高めようとしているような気配を感じる。
「ベストを尽くせば勝てる」とだけ考えているのかもしれない。

駒を並べ終えたは18時55分。対局開始まで5分。
大橋五段が席を立つ。戻ってきたのは18時59分。
1分の間に大橋五段は持参した炭酸飲料(炭酸水?)をコップに移し、一口飲みこむ。
古森四段は生茶を一口。

「古森四段の先手で対局を開始してください」

▲7六歩
△8四歩

両対局者が一手ずつ着手するのを見て、私はドワンゴ Tさんと共に退出する。

見守る

あとは対局が終わるのを待つのみ。
私は控室で生茶を飲みながらニコ生の中継を聞く。

先手のノーマル三間飛車で進む。アマチュアの対局でも出てきそうな進行だ。

棋譜 http://www.eiou.jp/kifu_player/20190928-3.html

放送後の雑談にて、古森四段は後手であれば初手7八飛のつもりだったが、先手の場合ははあまり考えておらず三間飛車にしたとのことである。

控室で中継を見る。

古森四段が初手を指す前に上着を脱ぎましたが、対局室はけっして暑くはありません。
温度計を持っていかなかったので何度なのかは分かりませんが、何もしないでじっとしていると適温ぐらいの室温というのが私の体感です。天井の空調から床の間の掛け軸がゆらゆら揺れるほどの強い風が出ているものの、残念ながら涼しさは感じられない。若干、空気が淀んでいるようにも感じる。将棋連盟の設備も老朽化しているのだろう。新しい将棋会館が待ち望まれる。

終局

傾いた形勢は僅かに少しずつ傾斜角度を高めていく。
魔物を寄せ付けない古森四段の指し手が力強く淀みない。大橋五段の懸命の攻撃も最後には空を切り終局を迎えた。

投了を確認し、私は対局室に入る。
ドワンゴや記者などは入室せず、対局者、記録係、私の四人の空間だ。

「4六角、4五飛車?飛車先は入らない。間に合わない。ぬるかったか。1手パスが分からない。」
大橋五段が感想戦をリードする。

初めは小声で読み筋だけを発言する感想戦だったが、要所の局面に戻してからは少しずつ声が大きくなる。
6二歩以下からの銀交換に対して、銀をかわした変化手順を中心に検討する。

二人の対局者はクールだ。
淡々と和かに感想戦が進む。変化手順に対して時折無言で考える。プロが考えても難しいのだから、盤側の私がひたすら考えても分かるはずがない。それでも、どのタイミングでどんな変化を考えるのかの一端を見ることができたのは収穫だ。
見届け人が座るのは盤側(真横)の後手寄り側となるので、自ずと視線は横斜めの後手側から盤を見ることとなる。つまりは解説盤面とは逆となるのだ。最初、符号を聞いて少しだけ追いつかなかった。

感想戦を終えて一礼し、大橋五段が駒をかたずける。
駒袋の紐をきゅっと固く結び、駒箱を閉じて将棋盤の上に静かに置き深く礼をする。
対局は終了した。

対局者が退出した後、私は記録係から受け取った棋譜用紙(本日の3局分)をしばし眺めてから部屋を後にした。案の定、30分ほどの正座で足が痺れ立ち上がるのに少々時間を要したが、それは余韻に浸るためのプレゼントだと思おう。

任務完了

勝者インタビューをスタジオで眺め、対局室に戻っての記念撮影も見届ける。
ついでにツーショット写真も撮っていただく。

「お父さんのツイッター フォローしてますよ」
「けっこう、いろんな人に言われるんですよね(苦笑)」

対局を終えた古森四段は、一人の穏やかな青年となりニコニコしている。
疲れは無さそうだ。
「指していて駒音が良かったですよ。良い駒でした。」
駒には詳しいであろう古森四段にそう言ってもらえると嬉しい。私は単に所有しているだけなので、その感想はそのまま駒師に伝えたい。

全てを終えて将棋会館を後にする。
午後10時を過ぎており、将棋会館は真っ暗だった。深夜まで及ぶ順位戦(木村王位-糸谷八段)は関西将棋会館で行われており、東京 将棋会館はオールアップである。

不思議な空間にいた。
この対局は枠抜けと呼ばれる本戦入りをかけた重要な予選決勝の一つではあるが、タイトルホルダーや藤井七段の対局の時のように多くの報道陣がつめかけるほどの注目度は無い。現場は驚くほどに静かで、人も少なくザワザワ感もフワフワ感も無い。これが年間3000局以上もある対局の通常である。静かに始まり、静かに終わる。この静寂の戦いの場から、紙一重の勝負をくぐり抜けた者がスターとして脚光を浴びるようになる。だからこそ通常の対局は静かでなければならないのかもしれない。死屍累々の敗者があるからこそ、勝者は光り輝く。

古森四段は一つのチャンスを手に入れた。チャンスを得るまでにも長い戦いがあり、チャンスを成功に結び付けるまでにも厳しい戦いが続く。本選トーナメントの階段を一歩ずつ進むにつれて帯びる熱も上昇するだろう。それを身をもって体感する権利を得た。勝てば注目され、負ければ忘れられる。単純だが残酷な世界におけるシンプルな規則。若者はこの特殊な世界で「可能性」という未知数の何かを持っている。まだ粗削りの四段の若者は、これから何かをやってのけるかもしれない。それが若者というものだ。

いろいろな出来事の積み重ねで、私は今回の対局を見届けることとなった。
古森四段と出会えたのも何かの縁。私はこれからファンとして応援することになるだろう。それは一将棋ファンである私にとっては気軽な賭けのようなものだ。ファンというのは無責任だ。他人の頑張りを勝手に応援し、自らは何も痛まない。そんなこと、自分でも百も承知の上だが、それでも誰かの声があの静謐の対局場に僅かでも届くのであれば、それが何かを後押しする可能性が僅かでもあるのであれば、私は何らかのアクションを取りたい。見届け人制度は、そんな将棋ファンの思いを見える形にする、ニコニコ動画だけが放てる妙手に違いない。この重要性は、いずれ歴史が証明してくれるだろう。

帰りの車ではカーラジオのスウィッチをオフにして、タイヤの振動を BGM に一日を振り返った。
今日が終わる、その前に一人で夜の街を眺める。渋谷から246を走り第三京浜で横浜へ。
多摩川を渡ると東京から神奈川に入る。同時に私は異世界から現実世界へと戻ってきた気がした。
私は確かに、あの空間にいた。と思う。
そして、私はまた異空間に迷い込むだろう。ニコニコ生放送を開くだけで、その異空間に簡単に行けるから。

将棋がある世界。
これはパラレルワールドか?
私はもしかしたら、とんでもない世界に入り込んでしまっているのか?
でもいいじゃないか。
Everything’s gonna be alright.
Everything’s gonna be OK.
46歳の木村王位がいるし、これからの古森四段の活躍も楽しみだ。
まだまだ世界の果ては見えない。まだまだ先がありそうだ。
見届けようじゃないか。みんなで。将棋を愛するみんなで。
また会おう、また異空間で会おう。約束だぜ。

(文 @totheworld)

 

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